・S32年 |
宮島博明(初代社長)が、松永守雄(現工場長)と共に、映画館の銀幕塗装を主とする「島崎特殊塗装」を設立。
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・S42年 |
映画館の椅子の取り付け、取替え、生地の張替え施工を業務内容に追加、社名を「株式会社タクマ工業」に変更。社名の由来は、「切磋琢磨して働いていこう」との考えより。
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・S52年 |
家庭用絨毯(じゅうたん)の普及に伴い、自社工場での絨毯クリーニングを業務内容に追加。
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・S55年 |
宮島修治(現社長)が「スミノエインテリア専門学校」を卒業。
すぐに、当時九州随一の仕事量を誇ると言われていた「高田内装」高田社長の下に弟子入りし修行を開始。
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・H3年 |
宮島博史(現技術顧問)が2代目社長に就任。
この頃、宮島博史は、技術研修の為、カーペットの本場アメリカや大理石の本場であるヨーロッパなど海外へ渡り、その眼と体で直にカーペットクリーニングや大理石光沢再生の知識と技術を修得した。
更に、アメリカやヨーロッパのケミカルメーカーとも繋がりを創り、独自の仕入れルートを確保し、他者に先駆け本格的なインテリアクリーニング業を開始した。
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・H6年 |
株式会社タクマ工業は、同業3社と合併しインテリアクリーニングの全国展開を目的とした株式会社リバルを設立。その為、株式会社タクマ工業は、休眠届けを(後に廃業届け)提出した。
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